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取材された国際ジャーナルで考える

再生医療
先日奥歯が痛むので随分久しぶりに歯医者へ行きました。
まずは検診と歯石をとってもらいにいきました。
歯石を除去してもらった後には、普段磨き残しのある部分や
磨きにくい部分、磨き方の指導などをしてもらいました。
治療後、ふと考えると、、自分が普段いかに間違ったブラッシング
をしていたかということを思いなんだか急に怖くなってきました。

最近は歯の本を読んだりインターネットを使って
歯のことについてを調べています。
その中で一つ気になったキーワードがありました。
それが、「再生治療」です。再生治療は、歯周炎などの人が
歯茎の手術をうける際に、再生治療をとりいれて、
本来の身体がもっている修復能力を生かして治療をするものです。

現代の歯科医療では、できるだけ本来の力を生かして、
できるだけ人工的にならないような技術がもうここまできている
のだということを知り、大変驚きました。

そんなとき、先日[報道ニッポン]でも再生治療の記事を見つけました。「再生治療」は歯科医療だけでなく、医療業界に大変広まっているようです。しかし、記事から知ったのは、よく考えてみると、今でこそ多くの人が認知しはじめている「再生治療」は、ドナーから提供を受けて行う皮膚・骨髄・臓器といった生きた組織・器官をそのまま使用した移植などは、まさにその代表的なものだったのです。

人工的に呼吸をさせたり、心臓を動かせることで、多くの人は生きていられ、家族や友人、周囲の人の支えになっています。もちろん、その方たちの心臓が、自分の力で動くことができるのは、みんなの願いだと思います。ですが、それが今は難しいということで人口的力を使っているに過ぎず、医療業界には、まだ一部や一定のレベルにおいてかもしれないが、できるだけ本来の身体の力を生かそうとする考えが昔からあったのです。

医療に携わる人々が、誰もが本来の力で生きられる豊かな生活を願っていたからこそ、こうした姿が今あるのかもしれませんね。そう思う今、いろんな力を持って生まれてこられたことにただ感謝するばかりです。国際ジャーナル「逸店探訪」
国際ジャーナル誌(株式会社 国際通信社:発行)の人気トピック「逸店探訪」のコーナーには、街の表情が色濃く出ている街のお店が紹介されています。


例えば「土曜日の朝に出かける喫茶店」

誰かの朝の顔である喫茶店は、違う誰かの昼のくつろぎでもあり、誰かの夕方の友達で、平日毎日訪れるサラリーマンの息抜きかも、しれません。そうして街のいろんな顔になれるお店は、どの街にもあって街の人を暖かく迎えている。日常に溶け込む余りに、なかなかその暖かさに気づかないけど、引っ越してみたあと、改めて気づくのだと思います。

何でもないけど、ちょっとしたことがあなたに自然にそっとピッタリあっていることこそが、愛する店の暖かさである。珈琲の苦さ、カップの厚さ、週間誌のセレクト、新聞の数、トイレのキレイさ、店主との会話、トーストの焼き具合…。

何一つとして同じものはないそんな街の表情=店の表情が分かる貴重な頁ばかりです。現代画報で孤独死についての興味深い記事が出ていた。
それは、「孤独死」とは、本当に孤独か?
とういうものだった。

一人暮らしをしている老人などが、誰に看取られることなくなくなった後に発見される事件などでひろまったこの孤独死。もちろん発見前になくなっているので、それが果たして孤独によるものなのかは定かではないために、孤独死者数が明確にはでていないが、年々増加傾向にあるのは確かだ。

この孤独死の原因となっている高齢者の「独居」にはさまざまな理由がある。止む絵終えない事情を持っている人、死別して一人になってしまった人、一生独身の人など様々だ。中には家族との連絡が途絶えてしまった人も多いだろうと予想できる。しかし、これが果たして孤独死の最大の理由かといえば、そうだと言い切ることは難しい。

なぜなら、一人で暮らしているからと言って他人と関わらないのかといえばそうではない。隣には人が住んでいて、公園には多くの人がいて、老人ホームや図書館に行けば人はたくさんいる。役所にいけば相談所もある。すなわち、コミュニケーションの場はないわけではないのだ。しかし、このコミュニケーションは日本全体に今薄れてきているとあらゆる場所で言われてきている。事実、隣人の顔を知らない人も稀ではないだろう。

頻繁に交流をしていれば、少しの異変に気づいて一命を取り留めたかもしれないケースもこれまでの中ではあったのかもしれない。そう思うと、悲しい最期を迎えた方が無念でならない。

孤独死とは、誰かに助けを求められないことではなく、誰かに支えられているということを感じずに逝くことなのだと誌では伝えている。

孤独死を増加させないためにも、「当たり前になった社会のコミュニティー不足」の改善を急がなければならないのだろう。

現代通信社
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国際ジャーナル・報道ニッポン・現代画報
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